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神経救急の認知と必要性

一過性脳虚血発作(TIA)や脳卒中の認知度

(1)本邦でのTIAの認知度について

TIAは一刻を争う緊急性の高い病態であります.Wuらは,TIAを発症し治療を開始しなければ90日以内に10~15%が脳梗塞を発症すると,Johnstonら,Lisabethらは,その大半は48時間以内に発症すると報告し,本邦における脳卒中治療ガイドライン2015でも,TIAを疑えば,可及的速やかに発症機序を確定し,脳梗塞発症予防のための治療を直ちに開始しなくてはならない(グレードA)と明確に述べられています.しかし現実には,国民はTIAを神経症状が一過性で軽症,緊急性がないと考え,直ちに病院を受診せず,われわれはその後に完成した脳梗塞で搬送されてくる症例に遭遇することも少なくありません.これらを防ぐには,国民のひとりひとりが,TIAは神経症状が一過性で直ちに消失したとしても,緊急性の高い状態であることを自覚し,発症時には直ちに救急車を要請し,治療が可能な直近の医療機関を可及的早期に受診する必要があるという正しい知識を身につけることが必要です.この正しい知識の定着を図るべく,様々な形でTIAの啓発活動が行われていますが,その効果,特に日本の都道府県別での報告は知られていません.われわれは, TIAの啓発活動を行う上で,TIAに関する一般市民の理解度を把握することが欠かせないと考え,日本全国の医療従事者以外の11,121人を対象にインターネット上でのアンケート調査を行いました.

その結果,TIAと思われる神経症状が出現しても,“直ちに救急車を要請し,直近の病院へ搬送してもらう”を選択した割合は22.4%と極端に低く,女性よりも男性で,また高齢であるほど高率で,緊急性を要する病態との認識が極めて低いことが判明しました.これは岡田らが,2011年に福岡県在住の40-60歳の一般生活者を対象として行ったTIAについての意識調査で,TIAの認知率が極めて低いという報告と一致するものでありました.脳卒中とともにTIAは早期受診することで,完治するまたはコントロールが可能な疾患であるという啓発活動が急務と考えられました.

一方,救急車を要請するのではなく,“とりあえずかかりつけの医療機関に受診・相談し,指示をうける”を選択した割合は41.8%を占め,男性より女性で多く,年齢による差はほとんどありませんでした.言い換えれば,日本でのTIA発症時のトリアージは,かかりつけ医の判断が重要になることが示されました.具体的には,TIAで,かかりつけ医を受診した時には,既に神経症状が消失していることが多いと思われますが,そのまま帰宅させるのではなく,Johnstonらの提唱するABCD2スコアなどを用い,TIA後の脳卒中発症リスクを正確に評価し,その後のトリアージを適切に行うことが必要となると考えられます.これに関しては,イギリスやフランスでは,病院にTIA患者を直ちに診療する専門外来があり,TIAクリニックを設置する体制を提唱しており,本邦においてもTIAに対するかかりつけ医による地域トリアージの試みが神奈川県で開始されています.

その他,TIAを緊急疾患と考えず,病院を直ちに受診するかどうかもわからない者,すなわち,“数時間,安静にして様子をみてから病院へ行く”,“数日間,安静にして様子をみてから病院へ行く”,“そのまま様子をみて病院へは行かない”を選択した割合が,各々,17.2%,7.4%,5.4%と,あわせて30%にものぼることが判明しました.今後は,これら病院受診を必要と考えない市民にTIAの緊急性をいかに啓発できるかが課題と考えられました.

更に本研究では,年齢階級別の違いのほか,地域別の違いも明らかになりました.TIA発症時の初動として“直ちに救急車を要請”と回答した割合を都道府県別に見ると,徳島県が40%近くにのぼり最も高く,唯一35%を超えていました.香川県,熊本県,島根県も25%超と高率でした.一方、最も低かったのは鳥取県で唯一15%に達しておらず,これらは都道府県別の人口,面積,人口密度,人口10万人当たりの病院数とは関係せず,都道府県による知識の偏り,すなわち各県における啓発活動およびその効果に違いがある可能性が示唆されました.この理由として,各県における啓発活動の程度や頻度の差,救急車を要請することへの市民の抵抗感やTIAを含む脳卒中への関心に地域差があることなどが考えられました.また,ロジスティック回帰分析では,“脳卒中と判断する自信があること”,“発症3時間以内の治療開始が重要という知識があること”が救急車を直ちに要請することに有意な寄与因子であり,オッズ比はいずれも約2.3でありました.

最後に,これらTIAを含む脳卒中の情報源ついては,圧倒的にテレビからが多く,配布チラシ,ポスター,講演会からはいずれも5%前後と少なく,日本全国各地にTIAを啓発するには,われわれが行っている講演会より,マスコミの代名詞であるテレビの活用が非常に有効であると考えられました.年齢別では,高齢者ほど新聞,配布チラシ,ポスターからが多く,どの年齢層でもテレビからの情報収集は高率であり,啓発活動を行う上で,対象とする年齢層にあわせた啓発手段を柔軟に選択する必要性も考えられました.(秋山久尚)

(文献 Akiyama H, Hasegawa Y. Knowledge of transient ischemic attack among the Japanese. J. Stroke Cerebrovasc. Dis. 22(4): 457-464, 2013.)

過性脳虚血発作(TIA)や脳卒中の認知度
過性脳虚血発作(TIA)や脳卒中の認知度

(2)脳卒中理解度調査

国民に対する脳卒中啓発活動は,脳卒中予防対策や発症時の迅速な対応を実現する上で高い効果をもたらすと考えられています.今回,20歳以上の医療関係者を除く全国1万例以上の国民を対象に脳卒中理解度調査を行っています.2010年11月8日から11日迄インターネットでのアンケート調査を施行しました.

日本全国各県に偏りのない20歳から69歳(平均44.8±13.1歳)迄の11121(男5550)人から回答を得ました.回答者は42.1%が会社員,44.4%が大学・大学院卒,62.5%が既婚,85.2%が身近に脳卒中患者がいない者でありました.37.4%が脳卒中とはどの様な病気かを僅かしか知らず,66.2%が脳卒中についての情報源がないと答えました.情報源のある者は圧倒的にテレビ(85.2%)から情報を収集し,講演会からは僅か5%であり,この情報源を通じて83.1%が脳卒中予防,70.1%が早期発見を重要と感じていました.脳卒中症状は95.5%が言語障害,89.5%が片麻痺と理解していましたが,自信を持って脳卒中と判断できるのは僅か2.3%のみ(東海・近畿が各々1.9%と低値)で,大変自信あるに限定すると0.4%しかありませんでした.脳卒中発症時の対応は67%(四国68.8%,関東甲信越68.5%と高値で,沖縄が57.5%と低値)が救急車を要請し直ちに病院へ搬送してもらうとしましたが,TIAの際は22.4%(沖縄15.9%,北陸18.6%と低値)にとどまりました.基礎疾患は89.1%が高血圧を,43.8%がメタボリック症候群を選択しました.治療は75.3%が脳卒中発症から3時間以内の治療を必要と答えたが,治療内容は45.5%がわからないとしました.

今回はインターネット調査であり,多様な情報に能動的に触れる機会の多い国民が対象となっていると推測されますが,脳卒中の知識と適切な受診行動についての理解度は未だ低いことが明らかとなりました.

(文献 Hisanao Akiyama, Yasuhiro Hasegawa. Stroke Knowledge: A Nationwide, Internet-Based Survey of 11,121 Inhabitants in Japan. Intern Med 52: 529-537, 2013.)

脳卒中理解度調査
脳卒中理解度調査

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